どーも、しぶちょーです。
いきなりですが、皆さんは「知恵の輪」って得意ですか?
組むのは案外簡単でも、外すときは死ぬほど頭を使うあのおもちゃ。
実は、機械設計における「メンテナンス」も、この知恵の輪によく似ています。
設計者は、部品を「固定する」ことには命をかけます。
機械の稼働中に外れたら大惨事ですからね。
締結部の強度、振動、コスト……これらはDRでも厳しく問われます。
しかし、「外す」ことに関してはどうでしょうか。
意識できていますか?
機械は必ずメンテナンスが必要です。
その時、現場の保全マンは、難解な知恵の輪を渡されたかのような絶望を味わうことがあります。
「フィルター1枚変えるのに、なんでボルト20本も外すんだ!」
「カバーが重いのに支える場所がない、外した瞬間に足が砕けるぞ!」
現場からは、そんな悲痛な叫びが。
結局、知恵を絞っても外れず最終的にはゴリ押しパワーで外すことに。
力こそパワー、現場での分解はもはや”力の輪”です。

分解やメンテナンスまで考慮している設計者は、意外と少ないものなのです。
今回は、そんな忘れられがちな「外すための設計」にスポットを当てます。
メンテナンス性を向上させ、現場を力の輪から解放する締結設計テクニックをご紹介しますよ。
それではさっそく、いきましょう。
目次
「組み立てやすさ」と「外しやすさ」は似て非なるもの
具体的なテクニックの話に入る前に、一つだけ重要な視点の話をさせてください。
それは、「組立(製造)」と「分解(保守)」は、全く異なる環境で行われるということです。
我々設計者は、往々にして「組み立てやすさ」を優先します。
「工具を入れやすく」「上から順に積む」。
これは量産において非常に重要です。
しかし、ここで思い出してほしいのが「場所」の違いです。
組立が行われるのは、整備された「工場(天国)」です。
照明は明るく、空調は効き、部品や工具は手の届く位置に整然と並べられ、製品は作業しやすい高さに置かれています。
十分なスペースもあります。
一方で、メンテナンスが行われるのは稼働中の客先の「現場(戦場)」です。

薄暗い工場の片隅、狭い隙間。
作業者は懐中電灯を口にくわえ、床を這いつくばりながら油に塗れ作業します。
手元には限られた工具しかありません。
工場で組み立てやすいからといって、現場で分解しやすいとは限らないのです。
例えば「上から順に積む」設計は、一番下の部品を変えるために「全部ばらす」ことを意味します。
設計者がPC画面で見ている3Dモデルは、何もない空間に浮いていますが、現実は違います。
重力があり、壁があり、作業者の「疲労」があります。
この環境のギャップ(天国と戦場)を想像できるかが、メンテナンス性の良い設計への第一歩です。
では、そんな過酷な環境で戦う人たちを救う「武器」を渡していきましょう。
ねじを抜くな、緩めるだけでいい「ダルマ穴」
現場作業における最大のリスク、それは「部品の落下」です。
不安定な足場や狭い隙間で、カバーを固定しているM5ねじを抜き取り、それを手で保持しながらカバーを外す……。
カラン……カラン……(奈落の底へねじが落ちる音)

この音が聞こえた瞬間、作業者の心も闇に堕ちていきます。
機械の奥深くに消えたねじを探すために、さらに別のカバーを外す地獄のパーティーの始まりです。
そうならないために活用したい、地獄から作業者を救う蜘蛛の糸が「ダルマ穴(Keyhole slot)」です。

その名の通り、大小2つの円がつながった雪だるまのような形状の穴です。
大きい穴にボルト頭を通し、スライドさせて小さい穴で座面を受けて固定します。
この形状の最大のメリットは、「ボルトを完全に外さなくていい」という点です。
ボルトを数回転緩めて頭を少し浮かせるだけで、部品を取り外せます。
ボルトは機械側に残ったまま。
つまり、「ねじを落とす」「無くす」リスクが物理的にゼロになります。
再組立も、とりあえず引っ掛けて増し締めするだけ。
これだけで作業時間は半分以下、精神的ストレスは激減します。
ただし、採用には「ひと工夫」が必要です。
ただ穴をダルマ型にしただけでは、振動で勝手に外れるリスクがあります。
- 重力方向を考慮し、部品の自重で締結位置に収まる向きにする(横向きで使わない)
- ボルト座面に座金を組み込んで摩擦を増やす etc・・・
などなど、普通の締結とは違った配慮も必要です。
また意匠性も悪くなるのであまり目立つ部分には使わない方がいいでしょう。
これらの条件をクリアできていれば、ダルマ穴は最強のツールになります。
「外す」を「緩める」に変える。
転んでもすぐに立ち上げれる優しい設計になるはずです。
工具を探す時間をゼロにする「手回し化」の工夫
メンテナンス作業において、最も無駄な時間(ムダ)とは何でしょうか?
ねじを回す時間? カバーを外す時間? ノンノンノン。
「適切な工具を探している時間」です。
「ここの六角レンチ、4ミリだっけ? 5ミリ?」と思って工具箱へ戻り、5ミリを持ってきたらサイズが違った……なんて経験、ありませんか?
私はよくあります。
なるべく作業者に「工具を使わせない」設計が良い設計です。
でも、工具使わずに作業なんかできないだろう・・・と思ったそこのあなた。
工具を持たずとも最高のツールを我々は持っています、それが手です。
つまり提案したいのは「手回し化」です。
蝶ボルト・ノブスター・ローレットねじ

手回し化の基本の特殊ねじたちです。
通常のねじをこれらのねじに置き換えるだけで、あら不思議。
あっという間にメンテナンス性爆上がりです。
特に「ノブスター」のような、市販のボルト頭に被せて手回しノブに変換するキャップは、安価で色分けもでき便利です。
「ここは手で開けていい場所ですよ」と形状で伝えられます。
魔法のアイテム「クイックナット(早締めナット)」
ここで一つ、意外と知られていない便利アイテムを紹介しましょう。
「クイックナット(早締めナット)」です。

長いねじ棒にナットをかける時、延々と回し続ける虚無の時間が流れますよね。
クイックナットは特殊な構造で、ねじ山をスキップしてスッと押し込めるようになっています。
締めたい位置まで一気にスライドさせ、最後だけ回せばOK。
治具交換や長いストローク調整が必要な場所で採用すると、現場のおっちゃんから「お前、天才か?」と褒められること間違いなしです。
もちろん強度的には工具締めに劣りますが、点検窓やフィルターカバーなど、「人の手」が頻繁に入る場所には積極的に採用していきましょう。
究極のメンテ性、そもそも「ねじを使わない」
さて、ここまで「ねじ」を前提とした工夫でしたが、究極のメンテナンス性とは「そもそもねじを回させない」ことです。
毎日開け閉めするようなカバーをねじ止めしていたら、たとえ手回しでも面倒です。
1日1分のロスでも、年間では数時間のロスになります。
頻度が極端に高い場所では、思い切って「脱・ねじ」を検討しましょう。

扉化(ヒンジ + ラッチ)
カバーを外すのではなく、ドアのように開閉式にします。
ヒンジで片持ちし、パッチン錠やマグネットで固定。工具はおろか、外したカバーを地面に置く必要すらありません。
「開ける」ワンアクションでアクセス完了です。
引っ掛け構造の活用
カバーの片側に「爪」を作り、筐体の穴に引っ掛けます。
反対側だけを1本のねじ(あるいはラッチ)で固定する構造です。
本来4本のねじが必要なところを、1本に減らせます。
コストとの戦い
「じゃあ全部扉にすればいいじゃん!」となりますが、ここで立ちはだかるのがコストの壁です。
ねじ締結は穴をあけるだけで安価ですが、扉化は部品点数も加工工数も跳ね上がります。
設計者の腕の見せ所は、この「頻度とコストの天秤」の判断です。
- 年1回のメンテ → 普通のねじ(コスト優先)
- 月1回のメンテ → ダルマ穴や手回しねじ(工夫で対応)
- 毎日・毎時のアクセス → 扉化・ワンタッチ化(コストを掛けて機能優先)
この基準を持たずにコストダウンでねじ止めにすると、現場の工数という「見えないコスト」が肥大化します。
逆もまた然り。
使用頻度を想定し、最適な締結方法を選ぶ。
これがメンテナンス設計の神髄です。
まとめ
20世紀を代表する建築家、ミース・ファン・デル・ローエはこう言いました。
「神は細部に宿る(God is in the details)」
素晴らしい建築は細かいディテールの積み重ねで成立しているという意味ですが、これは機械設計にも通じます。
図面上ではただの「φ5.5の穴」かもしれません。
しかし、それを「ダルマ穴」にするというほんの数ミリの変更には、設計者の明確な意思と、現場への配慮が宿っています。
メンテナンス性の高い設計は、カタログスペックには現れません。
「このカバーは3秒で外れます」とは書かれませんよね。
しかし、機械が納入され、現場で稼働し始めたとき、汗をかいて整備する作業員だけは、その「愛」に気づくのです。
「おっ、ここの設計者、わかってるな」
そう思われたら、設計者としての勝ちです。
図面はラブレターであるべきです、機械の使用者のみならず、保守作業者にもあなたの愛を届けましょう。
止めるだけが締結ではありません。
いつか外されるその瞬間のために、あなたの図面にメンテナンス性という「愛」のメッセージを添えましょう。
それが、一流の設計者への第一歩です。
