これまで、ねじを選定する際の重要な判断基準として「種類」「材質」「熱処理」「強度」について解説してきました。
これらは、ねじが使用される環境や負荷条件に応じて最適な性能を発揮するために欠かせない要素です。
今回は、選定したねじを実際に使用する段階での「締結管理」について取り上げます。
締結管理とは、ねじを適切に締付け、緩みや破損を防ぎながら長期的に安定した締結状態を維持するための管理手法を指します。
具体的な締結管理の方法や、設計時・作業時の注意点についても詳しく解説していくので、最後まで読んでいただけると幸いです。
1. ねじの締結管理について
ねじを適切に締付け、その状態を維持するための管理全般のことを締付管理と言います。
ねじで部品を締付ける際、適切な力で締結しないと以下のようなトラブルが発生することがあります。
過小締付け時に起きるトラブル
• ねじの緩みや脱落:締付け力が不足しているため、振動や外力によりねじが緩み、部品が外れる。これにより機械の故障や事故につながる。
• 機械の精度低下や寿命の短縮:部品間の固定が不十分なため、組み立て精度が損なわれ、製品全体の信頼性が低下する。
過大締付け時に起きるトラブル
• ねじの破損:過大な締付け力によってねじが伸びたり破断したりする。部品の損傷や性能低下の原因となる。
• 応力集中による部材の変形や亀裂:ねじと部材の接触部に過剰な応力がかかり、部材が変形または亀裂を生じる。
締結管理では締付けの順序や使用工具の選定、締付け後のトルク再確認といった、現場でのきめ細かな対応が欠かせません。
これらを体系的に実施することで、単なるねじ締め作業にとどまらず、製品全体の品質と信頼性の向上につなげることができます。
ねじの締付け管理は、JIS B 1083「ねじの締付け通則」およびJIS B 1084「締結用部品—締付け試験方法」で規格化されています。
これらの規格では、締付けトルクの設定や管理方法、ねじの緩み・損傷の確認、定期点検の実施といった項目が明確に定められています。
今回は、JIS B 1083「ねじの締付け通則」で規定されている「トルク法」「回転角法」「トルク勾配法」について解説していきましょう。
2. ねじの締結管理の方法
トルク法
トルク法は、トルクレンチなどトルクを測定できる工具を用いてねじを締付ける、最も一般的な締付管理方法です。
ボルトを締付けると、回転力(トルク)の一部が引張力(軸力)としてボルトに発生しますが、実際のトルクは次の3つの要素で構成されています。
• ねじ部の摩擦トルク:約40%
• 座面の摩擦トルク:約50%
• 軸力を発生させる有効トルク:約10%
このように、締付トルクの約90%は摩擦によって消費され、実際に軸力の発生に寄与するのはわずか10%程度に過ぎません。
これは摩擦状態が変化すると、締結力の維持にも大きく影響することを意味します。
摩擦の変化は、振動、温度変化、潤滑油の劣化、錆の発生などによって起こります。
したがって、トルク法を用いた締結管理では、「摩擦を一定に保つ工夫」や「定期的な再トルクチェック」が重要です。
メリット
• 測定機器や工具が比較的安価で、扱いが容易
• 標準化されており、作業者が慣れているため現場導入がしやすい
デメリット
• 摩擦の影響を強く受けるため、軸力のばらつきが大きくなる
• 潤滑状態や表面粗さなど、締結部の状態によって結果が変化する
トルク法は最も広く用いられている締付管理方法であり、手軽で再現性の高い管理が可能です。
ただし、摩擦に依存する特性を十分に理解することが重要です。
適切な潤滑や表面処理を施し、明確な管理基準を設けることで前述のデメリットを補い、より信頼性の高い締結を実現できます。
回転角法
回転角法は、トルク法で問題となる「摩擦による軸力のばらつき」を低減するために考案された締付管理方法です。
まず「ボルト頭部が被締結物に軽く接触するまで」トルクをかけて予備締めを行い、その後、規定された角度(例:90°や120°)だけボルトを回転させて軸力を管理します。
ねじを締付けるとボルトは引っ張られて伸び、被締結部品は圧縮されて縮みます。
このとき、ボルトの伸び量(=軸力)は、ねじの回転角とおおむね比例関係にあります。
回転角法はこの関係を利用し、摩擦に左右されやすいトルク値ではなく、回転角を基準に軸力を間接的に管理する方法で具体的には以下のような手順で締結します。
1. 小さなトルクで部品を密着させる(予備締め)
2. そこから指定角度だけボルトを追加で回す(角度締め)
という2段階で目標軸力を得るのが特徴です。
メリット
• トルク法に比べて軸力のばらつきが小さい
• 摩擦変動の影響を受けにくく、安定した締結力を得られる
デメリット
• 被締結部品の剛性やボルト長さのばらつきに敏感
• 角度計などの測定装置が必要で、管理システムがやや複雑
• ボルトが降伏点(塑性域)を超えないよう注意が必要
回転角法はトルク法よりも高精度に軸力を管理できる方法として、自動車や機械組立など高信頼性が求められる分野で広く採用されています。
ただし、正確な角度測定と部品ばらつきの考慮が欠かせません。
摩擦の影響を抑えつつ、より安定した締結を実現したい場合に有効な管理手法です。
トルク勾配法
トルク勾配法は、ねじ締付時のトルクと回転角の関係(勾配)をリアルタイムで監視し、締結状態を動的に評価する高度な締付管理手法です。
トルク法や回転角法のように単一の指標に依存するのではなく、締付過程全体の挙動を解析することで、より精密で信頼性の高い管理を実現します。
ボルトを締付ける際、トルクと回転角の関係をグラフ化すると、その曲線は締付の進行に応じて特徴的に変化します。
初期段階ではボルトが座面に接触していないため、トルクはほとんど上昇せず、回転角のみが増加します。
ボルト頭部またはナットが被締結部品に接触するとトルクが上昇し、グラフの傾きが大きくなります。
さらに締付けを進めると、ボルトや部品が弾性変形を起こしてトルクと回転角が比例的に増加しますが、降伏点に近づくとその関係が崩れ、トルクの上昇が鈍化します。
このように、トルクと回転角の勾配変化を解析することで、座面接触の瞬間や降伏点到達を高精度に把握できるだけでなく、締め忘れ・二重締め・ボルト欠陥などの異常も検出可能です。
メリット
• 締結異常(ねじ欠陥・座面不良・材質異常など)の検出が可能
• 高精度かつ再現性の高い締結が実現できる
• 自動化・スマートファクトリーとの親和性が高く、トレーサビリティ確保にも有効
デメリット
• 高性能なセンサーや制御装置が必要で、導入コストが高い
• データ解析やシステム運用に専門知識が求められる
トルク勾配法は、締付状態を定量的かつ動的に評価できる次世代型の締結管理手法です。
締付過程をリアルタイムに監視することで、品質のばらつきを最小限に抑え、異常を早期に検知できます。
設備投資や運用の難易度は高いものの、その精度と信頼性から自動車のエンジン部品などの締付けの信頼性の高さが求められる場合に用いられています。
3. 適切に締結管理をするための注意点
締結管理を効果的に行うには、設計段階から作業性や管理しやすさを考慮することが重要です。
設計上の注意点
• ねじ周辺にトルクレンチなどの工具が入る十分なスペースを確保する
• 部品配置や干渉物により、適正トルクで締められない状況を避ける
作業上の注意点
• 複数のねじで部品を固定する場合は、対角線順などの適切な締付け順序を守る
• 締付け後は定期的な締付管理行い、緩みや過剰締めを防ぐ
これらのポイントを組み合わせることで、単にねじを締める作業にとどまらず、部品や機械全体の信頼性向上につなげることが可能です。
4. まとめ
今回は、ねじ締結管理の方法や設計上・作業上の注意点について解説しました。
筆者は以前、「トルクレンチが入るように設計したにもかかわらず、十分な作業スペースがなく適切なトルク管理ができなかった」という苦い経験があります。
このときは試作部品だったこともあり、やむを得ず手ルク*での作業に甘んじてしまいました…。
今回紹介した方法以外にも、ねじ締結管理にはいくつかの手法があります。
現場の作業環境や各手法のメリット・デメリットを考慮しながら、適切な方法を選択してください。
また、ねじ締結の際には、設計通りの締結力が得られるかどうかを試験することで、トラブルを未然に防ぐことも可能です。
(参考:「技術コラム:その締結は本当に計算通りか? ─ トルク・軸力試験で“見える安心設計”」)
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お客様のニーズに合わせた最適な提案を丁寧に行っていますので、締結管理に関してお困りの際は、ぜひ気軽にご相談ください。
*手ルク:トルクレンチが入らない、あるいは入っても十分な作業スペースがない場合に、やむを得ず手の感覚で締付管理をすること。設計通りの締付けができず、トラブルのリスクが高まるため、避けるべき作業です。