鋼性の一般的なねじはヘッダー加工やねじ転造によって「外側」を加工して形を整えた後、必要に応じて全体熱処理や表面熱処理といった「内側」を処理することで硬さや粘り強さを調整し、最終的な製品として仕上げます。
この中で「全体熱処理」と「表面熱処理」は鋼の結晶構造を変化させることで性質を変化させるものですが、「よく聞くけどイマイチよくわからない」という人も多いのではないでしょうか。
今回はねじの特性に大きな影響を与える熱処理、表面熱処理の違いや仕組みについて、それぞれ詳しく解説していきましょう。
1. 鋼の性質
鋼とは鉄に炭素を加えた合金のことで、一般的に鉄鋼材料と呼ばれます。
鋼は温度によって結晶構造が変化し、それに伴って硬さや粘り強さ(靱性)といった機械的性質も変わります。
まずは「なぜ熱で処理すれば特性が変わるのか」ということをしっかり理解していきましょう。
鉄-炭素平衡状態図と結晶構造の関係
この図は「鉄-炭素平衡状態図」と言い、縦軸に温度、横軸に炭素の含有量を示しています。
どの温度でどの結晶構造が現れるかを把握するのに役立つため、この図を用いて代表的なオーステナイト、フェライト、セメンタイト組織について説明していきましょう。
オーステナイト(γ鉄)
・発生温度:おおよそ727℃以上
・結晶構造:面心立方構造(FCC)
・特徴:炭素を多く溶かし込むことができる
オーステナイトは鉄が高温になると形成される結晶構造で、面心立方構造の隙間に炭素が入り込みやすいという特徴があります。
オーステナイトは冷却の仕方によりさらに結晶構造が変わり、それに伴い硬さや粘り強さも変化します。
ゆっくり冷却する:フェライトとセメンタイトが交互に並んだ層状の組織「パーライト」に変化します。
これは中程度の硬さと粘り強さを持っています。
急激に冷却する:炭素を内部に抱え込んだまま硬くて脆い「マルテンサイト」という組織に変化します。
フェライト(α鉄)
・発生温度:911℃以下
・結晶構造:体心立方構造(BCC)
・特徴:炭素がほとんど溶け込まない
フェライトは常温や比較的低温で安定な組織で、体心立法構造であるため炭素が入り込む隙間が少ないという特徴があり、鋼をやわらかく保つ役割を果たします。
セメンタイト(Fe₃C)
・性質:鉄と炭素の化合物
・特徴:非常に硬く、脆い
セメンタイトは炭化鉄とも呼ばれ、鋼中に形成される非常に硬く脆い化合物です。
鋼の組織変化と変態点
鋼は温度を調整することでオーステナイト、フェライト、セメンタイト、あるいはそれらが混ざった状態に変化させることができ、このような結晶構造の変化を「変態」と呼びます。
また、ある構造から別の構造へ変わり始める温度の境目のことを「変態点」と言い、熱処理の工程を設計する上で非常に重要となります。
A₁変態点
・オーステナイトがフェライトとセメンタイトに変わり始める温度
・炭素含有量に関わらず温度は一定で727℃
この温度では1つの組織(オーステナイト)が2つの異なる組織(フェライトとセメンタイト)に変化します。この反応を「共析反応」といい、このとき形成される層状の混合組織が「パーライト」です。
A₃変態点
・オーステナイトがフェライトに変わり始める温度
・炭素量が多いほどA₃変態点は低くなる
炭素含有量が0.765%のとき、A₃変態点はA₁変態点(727℃)と一致します。この温度は、焼きならしや焼入れの際の基準温度として使われます。
Acm変態点
・炭素量0.765%以上の過共析鋼において、オーステナイトからセメンタイトが析出し始める温度
・A₃変態点と異なりセメンタイトが先に析出し始める
補足:共析鋼と過共析鋼
・共析鋼:炭素量 0.765%でパーライト主体
・過共析鋼:炭素量が0.765%以上でセメンタイトが多くなる。
設計においては、鋼材の使われ方に応じて必要な硬さや靱性を得るために熱処理条件を適切に設定する必要があります。
その際、ここで紹介したような変態点や結晶構造の性質を理解しておくことがとても重要です。
熱処理を理解するには鉄の中に現れるさまざまな金属組織が、それぞれどんな性質を持っているのかを知る必要があります。
とはいえ、組織の名前や変態の話は少し複雑です。
まずはシンプルに「鉄に炭素を多く溶かし込めば硬くなるが、同時に脆くもなる」ということを覚えておいてください。
この「硬さと脆さのトレードオフ」が、熱処理の考え方の根本にあり、熱処理は硬さと粘り強さ(靭性)をバランスよくコントロールする技術となります。
2. 全体熱処理
前述の通り、熱処理は温度によって内部の結晶構造を変化させて「粘り強さ(靱性)」「硬さ」「柔らかさ」をコントロールする処理方法です。
焼き入れ
硬くすることを目的とした処理で、おおよそ850℃程度まで加熱して鋼をオーステナイトに変化させた後、急冷(一般には水や油で冷却)することで、マルテンサイトに変化させます。
マルテンサイトは非常に硬くなる反面、粘り強さ(靱性)が低下するため、そのままの状態では破損しやすくなります。
このため、実用には後述の「焼き戻し」処理とセットで行い、硬さと靱性のバランスをとるのが一般的です。
理想的な焼入れ温度は、A₃変態点より30〜50℃高い温度とされています。
焼き戻し
焼入れによって得られたマルテンサイト構造の鋼を再び450〜650℃程度に加熱することで粘り強さ(靱性)を付与する処理のことです。
以下の通り、焼き戻し温度によって硬さと靱性のバランスが変化します。
・高温(500〜650℃)で焼き戻すと、フェライト組織の中に多量のセメンタイトが析出した「ソルバイト」という組織に変化。
靱性に優れているため、構造用鋼などによく用いられます。
・低温(350〜400℃)で焼き戻すとフェライト組織の中に微量のセメンタイトが混合する「トルースタイト」という組織に変化。
靱性がやや劣るものの高い硬さと引張強さを持つため、強度を重視する部品に適しています。
焼き入れと焼き戻しはセットで施されることが多く、ねじの加工においても同様です。
焼き入れだけだと硬くなるものの脆くなり、ねじ締結時に伸びずに破損してしまうため、必ず焼戻しとセットで処理します。
焼なまし
材料の加工性を高めたり内部応力を除去したりするための処理で、一般に加工前の下準備として施されます。
鋼を700〜900℃程度まで加熱してオーステナイト化させた後、炉の中でゆっくりと冷却(徐冷)することで、フェライトとセメンタイトを析出させ、パーライト組織とフェライト粒が共存する構造にします。
この処理により材料は柔らかくなり加工しやすくなるため、切削加工や冷間加工の前工程として用いられます。
焼きならし
鋼を加熱してオーステナイト化させた後、空気中で自然冷却(空冷)する処理です。
焼なましに比べて冷却速度がやや速いため、鋼の組織がより均一なパーライトになり強度と靱性のバランスが良くなるのが特徴です。
この処理は鋳造品や鍛造品、機械構造部品などの用途でよく用いられます。
焼きなましや焼きならしは金属材料に施される代表的な熱処理ですが、ねじ製造のすべての工程で必ず施されるわけではありません。
ねじの強度区分が5.8以上の中〜高強度ねじでは使用される鋼材が硬く、冷間加工では割れやすくなるため加工前に焼きなまし処理を施し材料を軟化させて加工性を高めることがあります。
この処理が施されたねじは製造方法に「DA」と表記されています。
3. 表面熱処理
表面熱処理は名前のとおり、材料の表面だけを硬くする処理です。ねじのような部品では、「摩耗に強く」「外からの衝撃に耐えられる」必要があります。
一方で、芯(中心部)まで硬くすると衝撃で割れやすくなることがあるので、表面は硬く内部は粘り強く保つという構造にすることで摩耗や衝撃に強いねじを作ります。
表面焼き入れ(高周波焼き入れなど)
表面焼き入れは鋼製部品の表面だけを急速に加熱・冷却することで硬化させる処理です。
具体的には表面温度を短時間で800℃程度の温度まで加熱させてオーステナイト化し、内部まで熱が伝わる前に急冷することでマルテンサイト化させて硬くします。
この方法により表面は硬く耐摩耗性に優れ、内部は粘り強さ(靱性)を保ったままというバランスの取れた性質が得られます。
この処理は工具や摺動部品などの表面に摩耗が集中する部品に適しています。
浸炭処理
浸炭処理は鋼製部品の表面に炭素を浸透させる処理です。
炭素は鋼の硬化に必要な成分であり、この処理によって表面の炭素濃度が増加します。
具体的にはC3H8などの雰囲気の中で約900℃程度の高温で加熱し、炭素を表面に浸透させた後に焼き入れ処理を施すことで炭素が増えた表層が硬化し、耐摩耗性が向上します。
表面にのみ炭素を浸透させるため内部は炭素が少ないまま硬化せず、靱性に富んだ状態を保持します。
この処理方法は歯車やピン、ねじなど、表面に高い強度と耐摩耗性が求められる部品に使われます。
母材にタッピング処理(めねじ加工)せずに穴を開けながら締結するタッピングねじやドリルねじは、表面を硬くしないと母材に負けて締結できなくなるため、この浸炭処理が施されています。
窒化処理・軟窒化処理
窒化処理は鋼の表面に窒素を拡散させて硬化させる処理で、500℃~600℃程度という比較的低温で施されます。
表面に非常に硬い窒化層が形成され、優れた耐摩耗性・耐疲労性・耐食性を得ることができます。
・窒化処理:処理時間が長く、より深い窒化層が形成されます。
・軟窒化処理(ガス軟窒化、イオン軟窒化など):短時間で処理でき、変形が少ないのが特徴です。
この処理方法は精密部品や機械構造用ねじ、長寿命が求められる製品に適しています。
4. ボルトの強度と熱処理の関係
鋼製のねじはJIS B1051:2014「炭素鋼及び合金鋼製締結用部品の機械的性質」で強度区分や要求する強度に応じた適切な材料や加工方法、熱処理の条件などが規定されています。
ここで言う「強度」とは単に硬さ(硬度)だけを指すのではなく、
• 引張強さ(引っ張ったときに壊れにくい力)
• 衝撃強さ(急激な力に耐える性質)
• 破断トルク(ねじがねじ切れるまでの力)
• 伸びや絞り(変形に耐える柔軟さ)
などの複数の機械的性質を総合的に評価したものです。具体的な数値や試験方法については、JIS規格本文(※) を参照してください。
※JIS規格本文
https://kikakurui.com/b1/B1051-2014-01.html
強度区分とねじの選定について
※DA:焼きなまし処理後、冷間引抜で仕上げる
※D:冷間引抜で仕上げる
ねじ製品(六角ボルト、六角穴付きボルトなど)は「強度区分」が設定されており、「8.8」や「10.9」といった数字で表されます。
これは引張強さと降伏点の比率で定まっており、数字が大きいほど強度が高くなります。強度区分によって、使用する鋼材の種類や必要な熱処理も異なります。
ねじを選定する際は、使用する環境(たとえば高温・高荷重・振動が多い場所など)や用途に応じて、適切な強度区分のものを選んでください。
熱処理の重要性と熱処理証明書
強度や耐摩耗性が求められるねじにおいては、適切な熱処理が確実に施されていることが重要です。
熱処理が不十分だと設計通りの性能を発揮できず、重大なトラブルや事故の原因となることがあるので、重要部品や安全が厳しく求められる用途では、「熱処理証明書」の提出が必要になることがあります。
熱処理証明書には以下のような情報が記載されおり、設計者やエンジニアは「このねじは計画通りの熱処理がされている」と客観的に確認できます。
• 製品名や品番(どの部品かを明記)
• 実施された熱処理の種類(例:焼き入れ、焼き戻し、浸炭処理など)
• 処理の条件(温度や時間など)
• 処理結果として得られた硬さ(例:HRCで表される硬度値)
また、熱処理証明書は品質保証の証拠資料として、トレーサビリティ(製造・加工の履歴を追える状態)の確保にもつながります。
外見では確認できない内部品質を数値で証明する役割があるため、設計・購買・品質管理の各部門で非常に重要視される資料です。
必要に応じて、実際の製品選定時には、ねじメーカーや専門商社に「どの強度区分が適切か」「熱処理証明書が必要か」などを相談するといいでしょう
4. まとめ
今回はねじの全体熱処理、表面熱処理に注目して解説しました。
鋼の組織構造は複雑で難しく感じるかもしれませんが、基本的な特徴や変化の仕組みを押さえることで適切な材料選定や処理方法の判断ができるようになります。
ねじを選定する場合は、使用環境や用途に応じて適切な材質を選定し、鋼性のものを使用する場合は熱処理証明書を確認しながら要求する項目を満たしているかを確認してください。
イケキンでは、こうした鋼材の特性に関する技術的なご相談にも対応しており、設計段階での材料選定や処理方法のご提案も行っています。
「どの鋼種・熱処理が適しているのか分からない」「熱処理をどの温度で指定すればいいかわからない」「加工性と強度を両立させたい」といったお悩みがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。